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□□ 職員コラム □□
不定期に当教習所の職員のコラムを掲載します。
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| 『子供達とともに』 |
| 平成20年07月03日(木) 深澤(優)指導員 |
仕事の合間を見て、スポーツ少年団の指導を行っています。
週3回、月・水・土曜の夜、当然仕事が終わってからですが、小学校の体育館を本拠地に子供達と走り回ります。
というと、あたかも相当に身体を動かしているように思われるでしょうが、実際には大きな声を張り上げ、怒鳴っているのが正直なところです。
子供達と一緒に動き回ることが出来るのは、準備体操と始めの5分くらいで、それ以上はとても持ちません。
情けない話ですが、50歳も半ばとなり、知らず知らずの間に体力は落ち、気がつけば、身体格好も昔の面影はとんとなくなり・・・(相撲のコーチのほうが似合っているというのは誰?)
申し遅れましたが、私は南アルプス市でミニバスケットの監督をやっています。
かれこれ20年余りが過ぎ、はじめに教えた子供達はいつしか父親・母親となり、その子供が入部してくることも少なくありません。
十何年か前は、少年漫画の「スラムダンク」の影響もあり、四十人以上の部員を抱えた大所帯であり、関東大会に2回のほか、大きな大会にも県代表として数多く出場するなど、県内では「櫛形ミニバス」というと同好仲間では名前が知れ渡っているほどの強豪チームでした。
しかし、その後はJリーグの結成に伴うサッカー熱におされて、部員も半分以下にまで減ってしまい、今では、往時のチームをうかがい知ることは出来ません。
ミニバスを始めたときにあれこれと思い描いた夢と同様に、今一度、県代表となって大きな大会に出場したいと、子供達に檄を飛ばしているところです。
皆さんご存じのとおり、バスケットには運動能力や体力のほかに鍛えようのない身長の高さが要求されます。ここ4〜5年は身長の大きさに恵まれず、リング下のいわゆるポストプレーなどは出来ません。
従って、それをカバーするスピードと粘り強さで他のチームに対向できるように子供達は頑張っています。 卒団して、中学、高校と成長していく姿を見るのが楽しみで、自分でも思っていなかったような長い時を子供達と過ごしてきました。
この頃では、18歳の運転免許取得年令になったかっての教え子達が、恩返しの意味も込めて、私の所に免許を取りにきてくれます。
そんな子供達から、「練習ではすごく怖かったけど、試合でポカがあっても怒らなかった。教習でも厳しさは変わっていない。」と口々に言います。
でも、バスケットではポカで試合に負けても、子供達の「頑張った結果」があれば、それはそれで満足できますが、こと運転に関してはポカは許されません。自分や相手の命に関わることも起こります。
ですから、誤りは遠慮せずに指摘して正させます。 そんな子供達も、教習が進むにつれ私の真意を理解して感謝しながら卒業していきます。
教習所の指導員もミニバスの監督、コーチも人づくりという点では共通するところが多く、とてもやりがいのある仕事だと感じています。
仕事は就労年令がありますが、ミニバスの監督には年令制限はありません。監督仲間の中には60歳を遠く過ぎても、なお頑張っている立派な方もいます。私も体力・気力のつづく限りミニバスを続けていきたいと考えています。 |
| 『定年を迎えるに当たって』 |
| 2008年03月20日(木) 深沢(完)指導員 |
昭和四十八年十月亡き樋口さん(自衛隊の大先輩に当たる)の紹介で、小笠原教習所に入社、指導員資格を取り四十九年四月より教習指導員として仕事が始まりました。
今思えば五十分と言う時間に一生懸命喋るばかりで、教習生は理解してくれたのだろうかと振り返ったりもします。
その間には、学科指導員・検定員の資格を戴きました。
特に学科の資格については約二年の期間がかかった苦い経験が浮かんできますが、今となっては良い思い出です。
さて、小笠原教習所に在籍中、平成八年、大型自動二輪教習の導入と言う会社にとっても私個人にとっても大きな転機が訪れました。
特に私は二輪が苦手で毎日練習しましたがなかなか出来ず諦めかけたある日、突然出来たのです。
最高の喜びと感動を今でも覚えています。
二人の先生の指導には特に感謝しています。
そうした中、現在の教習所の役割の中心を成す中央研修所(茨城にあるすべての資格を取得できる講習の場所)全国の先生方と一緒に勉強しすばらしい教官の下周りの人に助けてもらいながら合格証をいただいた思い出が今日までの教習に大きな支えとなっています。
でも、もっといろいろな勉強をやっておけばよかったと反省の毎日です。
話は変わりまして、体力向上と趣味を考え、ある人の勧めで社交ダンスに首を突っ込んで今日に至っています。
この趣味が私の教習所での仕事の大きな支えになっています。
なお、忘れてはいけないのが我女房です。
三十四年間私を支えてくれて感謝の気持ちでいっぱいです。
まとまりのない話になりましたが、最後に今後の教習所の発展を祈りつつ色々なことに挑戦をして新しい自分を発見できたらと思います。
ありがとうございました。
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| 『心に残る人との出会い』 |
| 2008年01月21日(月) 土屋指導員 |
皆さんに『心に残る人との出会い』をお話ししたいと思います。
先ず中学生の次男の通っている音楽教室を見学したときの話です。
初対面の講師のY先生は、私より少し年上で『団塊の世代』の人だと思いました。
私が想像していた音楽教師のイメージとはちょっと違って、体脂肪が気になる成人病予備軍という容姿の先生でした。
話し方も自分の意見が一方通行にならないように、相手の返答を引き出しながら「こうして見ようか・・」というようなアドバイスをするのですが、はたで見ていると、相手に迎合し過ぎるような頼りない感じを受けました。
しかしそのイメージを払拭することが起きました。
先生が実際にドラムを叩いた姿を見たときのことです。
『ドラえもん』を彷彿(ほうふつ)とさせる中年男性からオーラが立ち昇る姿を目の当たりにして、素直な感動と、感嘆を覚えました。
簡単に表現すると「すごい!このおじさんカッコいい!並みじゃあないぞ」と言う感じでした。
最近良く使われる言葉で、学力やスキルだけでは量ることのできない、人間としての総合的な魅力のことや人間的な魅力のある人を『人間力』があると言います。
相手の人間力を認めたとき、その人の意思が自分の心に届きます、そして相手も自分の人間力を認めたとき、こちらの思いが素直に相手に伝わります。
コミュニケーションというものは最初から相手に伝わると約束されているわけでは有りません。
コミュニケーションの意思を示し続ける事で未知の文脈がやり取りされ互いに浸透する物だとも言います。
同じ言葉のやり取りでも、これほどに深い想いがあるのかと思う重みがある言葉は、それを聞く人の想いの深さでもあります。
Y先生に出会ったことで、私の心が豊かになりました。
様々な人との出会いは、私の人間力を少しずつですが成長させてくれます。
このことは、もちろん教習所で入所してくる教習生の皆さんとの出会いも同じです。
皆さんの若さが溢れる人間力は素晴らしい物です。
皆さんを支えてくれた人々の思いを素直に感謝できる心を持つ人になって、多くの人と出会い『この人と出会えてよかった』と思う事が出来る人、『この人と出会えてよかった』と言われる人になりたいと思います。 |
「かっこよく」歳を
-あった事件から- |
| 2007年12月21日(金) 斎藤所長 |
雨の日、バスに乗るといつも思い出すことがある。それは何年か前の・・「あった!」事件。私はそう名付けているのだが・・・
中途半端な時間なのかバスの中は予想していたほど混雑していなかったものの、座席はどれも占領されていた。私の前には80を一つ二つは超えていると思われる老女が使い古した傘を大事そうに握って座っている。
普段なら、さして気にもとめないありふれた光景だが、私は不思議なことにその老女がとてもきになった。
なぜなら、その老女は、傘の柄とは反対のてっぺんの「金属の部分」をしっかりと握り締めていたからだ。
しばらくすると、老女は床をみながら、その握った傘で座席の下をしきりに突いたり、こねまわす様な仕草を始めた。
「バス代の小銭を落としたのだろうか。
いや、整理券かもしれない・・・・」私はそんなふうに勝手に解釈して、老女の座席の下やその周りをのぞき込んだ。
そんな老女や私の動作にすぐ後に掛けていた婦人はもちろん、近くの乗客のほとんどが一斉に自分の座席の下をのぞき始めたのである。
この大捜索の最中、なんの拍子かバスが大きく揺れた。
その時ふいに老女が手にしていた傘を取り落とし、あわてて拾い上げたのである。そしてつぶやくように「あった!」。
30数年前のロンドンサミットで、米国と西独それに日本が世界を引っ張る機関車≠ナなくてはならぬという期待をもたれた。
敗戦からわずか30数年しか立たない日本がこのような立場になったことに世界の人々は奇跡といった。
たしかに急速な復興かもしれないが、不思議なことでもなければ奇跡でもない。
日本人の持つ、勤勉さや真面目さ或いは国民性を考えたとき、しごく当然のように思える。
そして、これらは我々日本人の先輩達が営々と築き上げてきたもので、常にその源流には他人に対する「やさしさ」や「思いやり」等があった。
しかし、このすばらしい人間性に近ごろ陰りが見え始めたと感ずるのは私だけでは決してないはずだ。
人生80年時代という長寿社会に入り、私も私の周りの者達もこの先確実に高齢者の仲間入りをする。
今から、他人をフォローし、ごく自然にフォローされるような文字どおり 「人」と「人」との支え合いをいま以上に強めていくことが大切であり、だからこそバスの中の一寸した出来事に、多数の人が救いの手を差し伸べたことがさわやかな記憶として残っているのだろう。
教習所に勤め、高齢者講習などを扱うようになって、高齢者のことをごく身近に思う歳になり、自分は「かっこよく」「美しく」歳をとりたいと願っている。
ところで、前述の「あった!」の一言は、何を意味していたとお思いだろうか。
そう、老女は、傘を反対に持っていることに気付かず「傘の柄」をどこかに落としてしまったと錯覚し、探していたのだ。
私は呆気にとられて老女の顔をしばし見つめていたが、突然笑いがこみ上げてきた。うしろの婦人も口に手を当て必死に笑いをこらえている。
老女の方に目をやると、満足そうな顔で、手元に見える「傘の柄」に時折視線を移し、何事もなかったようにすましていた。 |
| 『冬の安全ドライブ』 |
| 2007年01月26日(金) 中根指導員 |
皆さんこんにちわ、毎日寒い日がつずきますね。
体調はいかがですか?
今日は、冬の安全なドライブの為に少しお話させていただきます。
冬場は山梨県内でも何度かは雪が積もりスリップ事故を見かけますよね。そんな時期の安全運転の為に大切な事をいくつか・・・
<その1>
準備を万端に、「備えあれば憂いなし」という諺のとおり、まずはスタッドレスタイヤ。
たまに「雪降って来ちゃった、スタッドレス履いてないんだ!どうしよう!?」と言うのを聞きますが、夏タイヤのままでは冬は危険なのはご存知のとおり。
夏タイヤでの雪道の運転はスリップの危険や、超低速走行で渋滞や事故の元ですね。
またスタッドレスもあらかじめ、溝の残りぐあいを確かめておき、空気圧もチェックしておきましょう! 必要に応じてチェーンも準備しましょう。
<その2>
時間にゆとりを持って。
雪が降ると朝夕の通勤時間は特に普段よりも渋滞しますよね。
そんなときに慌てて運転は禁物! 早めに起きて外の様子を確認。
はやめに家を出て、落ち着いた状態で運転できるようにして下さい。
<その3>
雪道ならでわの注意したい場所。
橋の上や、昼間、日が当たらない場所は降った雪が凍ったり、何日か溶けずに残りますね。
交差点を曲がったら、日陰が凍ってて曲がりきれずぶつかった。と言う話もよく聞きます。
また、霜が降りた朝も、路面が黒く濡れているだけに見えても、実際には凍っていてスリップ事故が起こりやすいですよ。
<その4>
歩行者、二輪車に注意! 雪道でも、歩行者や、自転車・原付がいますね。
歩行者や二輪車は、雪の積もっている所を避けて車道のわだちに出てきます。
歩行者や二輪車は足元をとられて不意に転倒の恐れがあります。
そんな時は無理やり追い越そうとせず、状況をよく見てから、間隔を多めにとって注意しながら越しましょう。
さいごに、
<その5>
急、のつく操作をしない。
これは皆さん分かっていても雪道ではとっさになり易いので、急ハンドル・急ブレーキ・急加速しないでいい様に、早めに家を出て、スピードを控えめ、車間距離を十分にあけ、前方を広く視界に捉え、肩の力を向いて運転しましょう!
以上、どれも当たり前な基本中の基本ですが、これらをふまえて冬の運転を乗り切りましょう!
それでは、皆さん風邪など召しませぬように〜。 |
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